2011年9月19日月曜日

反移民政策は止まるか?---デンマークの選挙結果

 イスラム移民問題で右翼化が進んでいた北欧諸国。中でも、かつて、オランダと並んで、移民に寛容で民主主義の先進国家で名高かったデンマークは、この10年間、自由保守政権に対して、政権外から国粋主義のデンマーク国民党が支持するという、非常に右寄りの政権だった。

 反イスラム意識の高まりは、数年前、モハメッド風刺画問題でも世界的な話題となった。世界でも貧富の差が小さく、開発途上国への支援も大きいことで知られるデンマーク。しかし、保守派の政権になってからは、スカンジナビア諸国内でも、経済成績が悪いことで目立っていた。ヨーロッパ連合の加盟国でありながら、今年になって、国境コントロールを強化するという政策を出し、連合諸国からの非難も浴びていたばかりだ。オランダと同じく、高福祉社会の伝統による労働者の権利の大きさや潤沢な福祉は、高齢化と年金問題、移民の圧力などで、厳しい状況にあったものと思われる。

 そんなデンマークで、今月15日、議会選挙が行われた。
 結果は、ヘレ・トーニング・シュミット女史率いる社会党が179議席中44議席を取って、社会自由党、社会人民党と共に「革新中道連合」が89議席で、現政権のラスムッセン首相率いる自由党(47議席)を中心とした「保守連合」を破り、デンマーク初の女性首相となることとなった。

 極右野党「デンマーク人民党」の協力によって、この10年間保守政治を進めてきたデンマークは、スカンジナビア地域でも、経済成績が極端に悪化し、人々の不満は高まっていたといわれる。

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 デンマークの政治は、グロバリゼーション以後の西洋諸国の右傾化の縮図でもあった。

 経済市場のグローバル化は、各国で貧富の差を拡大し、国家間の経済競争を激化させた。中国やインドの経済勢力の台頭は、それに拍車をかけてきた。そんな中で、2001年の9月11日に起きたニューヨークでのテロ事件は、ヨーロッパ地域、特に、これまで、民主化政策に積極的で、移民労働者に寛容だった国に右翼勢力支持への種をまくこととなった。デンマークの保守政権を後ろからさらに保守化させていたのは、極右の野党だ。そして、この種の野党勢力は、オランダでも、フランスでも、北欧諸国でも勢力を確実に広げ、国内では、イスラム系住民が差別され、移民政策が緊縮化された。

 この間、デンマークは着実に反ヨーロッパ色を強め、オランダやフランスは、ヨーロッパ憲法に対するリファレンダムで「ノー」という結果を出したことはよく知られている。

 しかし、そういう政治の保守化、ヨーロッパ主義から国家主義への反動は、決して経済回復には貢献していない。

 7月にノルウェーで起きた、右翼青年による大量殺人テロ事件は、この間、これまで、福祉国家として知られ、経済的にも豊かだった北欧諸国においてすら、人々の意識が著しく右翼化してきていることを伺い知らせるものだった。

 そういう意味で、デンマークでの今回の選挙結果は、これまでの右傾化の流れにブレーキをかけ、グロバリゼーションの時代の新自由主義的な政策への軌道修正が行われる兆しを感じさせる、うれしいニュースだ。

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 もっとも、ヨーロッパの現在は、実に混とんを極めている。金融危機に続く債務危機で、経済の先行きは見えず、人々は、政治リーダーに失望し始めている。どの国でも、政治エリート、官僚エリートへの不信感が高まり、大衆の不満は大きい。失業率は上昇の一途、年金受給年齢の引き上げに伴い、老後の安心も約束されない。かつて、60年~70年代に、古いエスタブリッシュメントや資本主義に抵抗して、社会民主的な社会づくりに励んだヨーロッパは、今、社会問題の原因を、移民圧力と、富める経済エリートとそれと手をつないでいると見える政治エリートとに帰し、大衆の政治離れ、不満を集める極右勢力の増大、などが、一様に見える社会となっている。

 デンマークでの選挙結果を見ても、保守連合と革新連合との力は、ほぼ均衡しており、いずれが政権をとっても政治指導は容易とは思われない。社会の分極化が進んでいるというのが現実だ。

 少なくとも、今年の初めから、アラブ諸国で、民主化運動が始まったこと、イスラム教徒と言えども、一般民衆の中からは、健全な民主化への意識が芽生え広がっていること、そういう動きが、世界に伝えられていることは喜ばしい。

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 人を、国境、民族集団、宗教集団で分け隔てる時代は終わったのではないのか。

 世界の動きは、ますます複雑に絡み合って影響しあっている。そんな中で、各国の国粋主義者たちが、国境を閉ざし、自国の利益だけを考えていても人類の文明は前進しない。世界中の市民が、世界の動きについての情報を受け止め、責任ある地球市民として行動することが求められる時代となってきている。そうしなければ、世界中の人が協働して解決のために努力すべき地球環境保全の問題に取り組むことはできない。

 いろいろな意味で、常に、市民社会の先進モデルを示してきたデンマーク。女性リーダーたちによる新政権の動きに注目したい。