2008年12月28日日曜日

アステリクスとオべリクス

 北のオランダからフランスへと南下してくると、パリ首都圏内に入る少し前、高速道路A1に沿って、道路沿いを注意して見ていると「パルク・アステリクス(アステリクス公園)」という看板があるのに気づきます。これは、子どもたちのための娯楽施設、テーマパークの表示です。
 時速130キロの自動車の車窓から左手を見ていると、こんもりと茂った森の横から、高い櫓の上で、目を凝らして外の様子をうかがっている黄色い髪の毛の小柄な男の人形が据えられているのが見えます。これが、ヨーロッパでは大人気のアステリクスなのです。
 このテーマパークは、実は、アステリクスとオべリクスという二人のキャラクターが中心になって活躍するフランスのコミック誌が元になっています。1960年代に、ゴッシニ(Goscinny)という人が文章を作り、ウデルゾ(Uderzo)という人が漫画を描いて大人気となり、何冊も連続して出されたシリーズものです。
 舞台は紀元前50年のフランス。ガリア人らが、カイザー率いるローマ軍に征服されてしまったといわれる時代ですが、そこに、小さい村ながら、ローマ軍の攻撃から、村が一丸となって防衛し続けた人たちがいた、それが、アステリクスとオべリクスの村だった、という想定です。
 このコミック誌に出てくるキャラクターは、明らかにガリア戦記の記述をもとにしていて、中学や高校でラテン語を学び、ガリア戦記を読んで育ったヨーロッパのエリートたちには、このパロディの利いたコミックが面白くて仕方がないのです。

 さて、私たちがよくいく南西フランスの村の近くには、ローマ軍によってガリア人たちが最後に征服され撲滅されたという小高い丘陵の地があります。実際、当時のローマの勢いは大変大きく、シーザーの威力と軍隊の組織力は比類のないものだったようです。実際、ガリア人がその時に征服されてしまったのであれば、今のフランス人たちの祖先には、いったい、どれほどガリア人の血が流れているのでしょうか。ローマ人の血もたくさん流れていることでしょう。

 いずれにしても、この「アステリクスとオべリクス」のコミックの中では、シーザーもローマ軍も、英雄というよりも、アステリクスやオべリクスのような、土着の村人に挙げ足を取られてばかりいる、ドジで間抜けな支配者と兵士たちとして描かれているのです。

 小柄で身軽なアステリクスは村の外のローマ軍の動きをいつもすぐに察知して、知恵を聞かせる男。(ですから、例のパリの北部にあるテーマパークで、櫓に昇って外を見ているアステリクスというのは、実は、自分の村に襲い掛かってくるローマ軍の動きを素早く察知しようと目を凝らしているのです。)お相撲さんのように肥って大きなオべリクスは、イノシシの肉の丸焼きが大好きな田舎者でのんびり屋、機転は効かないけれど何か村に危険が起こると、アステリクスに協力して、ポパイのように大きな筋力を発揮します。いよいよのことがあると、パノラミクスという村の魔法使いが、特別のレシピーで大釜に炊いた魔法の薬を二人に与え、神業の力を得たアステリクスとオべリクスの指導で、村人たちはローマの兵士たちをコテンパンにやっつけてしまうのです。

 アステリクスとオべリクスには、イデフィックス(イデ=アイデア、フィックス=固まった、で「頑固な」という意味??)という白い小型犬がついて回り、時にはメッセンジャーとしても活躍します。

 このコミックシリーズは、フランスではもちろんのこと、ヨーロッパ中で大人気となり、ヨーロッパ域内の国でほとんど翻訳されています。また、アメリカ合衆国はもとより、南アフリカ、オーストラリア、カナダ、ロシア、トルコ、はたまた、インドや香港でも翻訳されて出版されています。今でも、何冊も増刷されて、子どもたちの愛読書です。

  フランスという国は、オランダに比べてみても、また、ヨーロッパの域内で見ても、どちらかというと中央集権的な性格が濃厚な国です。一見、日本のように、首都を中心としてすべてが中央集権的にトップダウンで組織されているように見える国でもあります。
 しかし、他方で同時に、フランス人の心には、フランス革命をおこした「市民の国」という自負も大変大きいのです。権力には勇気を持って抵抗する国なのだと。
 たぶん、そういうフランス人の国民感情が、こういうコミックの人気を支えているのではないでしょうか。

 そして、1960年代頃から、ヨーロッパでこのコミック誌が広く人気を集めた理由もまた、当時、特に西ヨーロッパの庶民の意識が人権の保護ということに向かって言っていたことと無関係ではないのかもしれません。

 日本でも、このシリーズは、1,2冊翻訳され刊行されたらしい兆しがあります。しかし、どうもうまく売れなかったようです。ヨーロッパが遠かったのでしょうか。文化が違いすぎていたのでしょうか。

 権力への抵抗は、世の東西を問わず、コミックの代表的なテーマでしょう。このアステリクスとオべリクスの、ウィットの利いた漫画が、日本であまり売れなかったということについて、その理由も気になりますが、何より、残念なこと、と思います。